2011年03月06日

1/26〜1/29 パナマ サン・ブラス諸島

1/26
IMGP1793.jpg朝4時頃タクシーのって国内空港の、アルブルック空港(Albrook)へ。5ドル。目的地は、サン・ブラス諸島(Archipiélago de San Blás) ポルベニール島(El Porvenir)。
ロビーで待つこと2時間。チェックインカウンターでムカつくおっさんとアメリカ人2人に順番抜かされたりしたが、無事についに飛行機へ。

飛行機は Air Panama http://www.flyairpanama.com/ でオンライン予約できる。往復航空券で75USD、2011年1月23日時点では燃料サーチャージを入れて、130USDぐらいやった。
まあそんなに高くない。ただ、チケットはかなり売り切れるので、早めに予約せなあかん。
俺が予約したのは3,4日前やったが、それでも当初の予定の25日〜27日の2泊3日のフライトは売り切れ。仕方なく26日、27日の1泊2日にせんとあかんかった。

ホテルは適当に探す予定やったのでどこも予約せず。

IMGP1797.jpgIMGP1798.jpg空から見てて、小さい無人島とか家が数軒しかないカメハウスみたいなんとか。テンションあがる。
空港はただの草原やった。短い滑走路はあるけど。
着陸後、ちっさいおっさんが話しかけてきた。多分ホテルの勧誘やろうが、「英語無理」って言うてたので違う人を探す。
が、他に特に見当たらない。スペイン語できるシカゴからきたアメリカ人が通訳してくれて、そのちっさいおっさんが持ってる宿に50USDで泊まる事にした。
3食食事付き。ボートで、泳ぐスポットとかに連れてってくれるのも込みの料金。

空港のあるポルベニール島からボートで5分の大型の島(て言うても200世帯)の、ウィチブワラ島(Wichub-Walá)まで50mぐらいの、ウクプトゥプ島(Ukuptupu)の民宿。
後で貰った名刺にホームページ載ってた。 http://ukuptupu.com/en/index.php
ウクプトゥプ島は1世帯しかない。ウィチブワラまではボートも出してくれるし、泳いでもいける。
俺が行った時は、俺以外に1組しか客おらんかった。カナダ在住のポーランド人。カナダパスポートにしたて言うてたから正確にはカナダ人やな。

IMGP1803.jpgロブスターとかカニがおった。晩ご飯に出してくれるねんて。カニでもええが、ロブスターを期待する。
IMGP1805.jpgシャワーとトイレ。トイレは当然海に垂れ流すだけ。シャワーは、オケで雨水かぶるだけ。シャンプーと石鹸は、据え付けの天然由来のを使わなあかんのかもしれん。海に流す訳からな。ただ、スペイン語は分からんので、正確には何を言っていたのか分からん。

IMGP1808.jpgこの時点で朝8時ぐらい。2時間後に島に行くと言われ、軽く朝食を貰って、ハンモック遊んだりプラプラしてた。IMGP1809.jpgIMGP1810.jpg島自体は半径10mしかない。海の上に作られてる家屋部分を入れてもせいぜい30mしかない。てことで、プラプラすんのは10分で終わった。

IMGP1812.jpgひたすらのんびりした。

で船で30分ぐらいのイヌ島(イスラ・デ・ペロ / Isla de Perro)についた。
IMGP1816.jpgIMGP1818.jpgIMGP1820.jpg

入島代2ドル。シュノーケルセット2ドル。後はひたすらご自由に。
IMGP1822.jpgIMGP1827.JPGIMGP1835.jpg

沈没船がある。良い。楽しすぎる。もっとちゃんとしたゴーグル欲しい。このゴーグルすぐ曇るねん。
沈没船をくぐる作戦を決行。

この入る時に、イソギンにチャクられた。くらう。
IMGP1840.jpg痛すぎるのでとりあえず陸へ避難した。IMGP1841.jpg
丘で遊ぶ。ココナッツ落としたり、アリの巣を破壊したり。

IMGP1844.jpgひたすらのんびりと。

暇が嫌な人はサン・ブラスはきついかもしれん。

IMGP1848.jpgIMGP1849.jpg
神が降臨した。

IMGP1850.jpgIMGP1855.jpg落ちてるココナッツを、岩に叩きつけて破壊して飲んでみた。まずかった。
一緒におったポーランド出身のカナダへ移民した夫婦にフィンを借りて、船くぐりのリベンジ。
余裕に見えるやろうけど、かなり恐いねん。スーツないから、船にぶつかったら擦り傷なって、海の水がしみるの嫌やん。IMGP1857.jpg昼飯も食って、のんびりして、4時ぐらいに宿のあるウクプトゥプ島に戻った。


IMGP1858.jpgとりあえずシャワー浴びて塩っけを落とす。
IMGP1860.jpgIMGP1861.jpg
子どもも遊んでた。
IMGP1864.jpg晩飯カニ。悪くないねんけど…ロブスターが良かった。残念。2泊したかった。
IMGP1866.jpg夕食中に日が暮れて、何も見えなくなったので、足ぶつけて出血した。痛すぎる。
携帯の光でがんばってゆっくり歩いたのに…
10時かに自家発電とまって何もできなくなるらしいし、次の日5時起きで6時45分のフライトでパナマ・シティ帰るから、9時ごろ就寝。
ええ感じやった。できればもう1日おりたかったが、まあしゃあない。

しかし仮に忙しい日本人が来て、ここで2日間過ごすやろうか?無駄やと思うんちゃうかな?俺はそういうの好きやけど。多分カナダ人とかアメリカ人は好きなんやろうな。
ウプクトゥプ以外の宿は1泊100ドルぐらいするらしい。シャワーとかついてるらしいが。しかし100ドル言うたら安くないよな。
アドベンチャー気分でクソ宿行くか、ホリデイ気分でまあまあの宿行くか。どっちにしてもキレイとは言え、1泊100ドルもかかるならパナマ選ぶよりメキシコに行く方が行きやすいよな…

1/27
IMGP1867.jpg帰国のフライトの日が迫ってるので、たった1日しか滞在できない。仕方なく6時55分ぐらいのフライトでエル・ポルベニールからパナマ・シティへ。
IMGP1869.jpg飛行機きた。チケットチェックもなんもないねんな。

IMGP1870.jpgなんか違う島に着陸した。
。焦る。チケットチェックせんかったから、もしかしたら違うフライト乗ってもたんちゃうやろかと思ってちょい焦る。結果、ただ単に別の空港から、郵便物とかを乗せる為だけに経由した空港やった。スペイン語でもええからちゃんと言うてくれ。
同乗のパナマ人ですら「何これ?なんで何のアナウンスもなしに全然違うとこ着陸すんねん?」って困惑気味やった。そりゃそうや。


着いた後、ちょこっとショッピングモール行った後、別にやる事もないからタクで市内へ、飯食って、世界遺産のパナマ・ビエホを見に行く事にした。パナマ・ビエホとパナマ歴史地区。タクシーで市内から5ドル。最初3ドルしかはらわんくて、揉めたが結局5ドル払った。本(4年前発行)には2.5ドルって書いててんもん。ガソリン価格とかインフレとかあるからしゃーないんやけどな。タクに限らず全般的に物の値段は上がってた。

まず資料館を見る。まあまあ。出土した土器とか置いてた。
IMGP1871.jpgなんかあった。蜂の巣かと思ったけど、ただの樹のコブかもしれん。不明。
IMGP1877.jpgんでパナマ・ビエホ見た。
デブった犬も見た。IMGP1880.jpgゆっくり歩いて回って、資料館のとこまで1kmぐらいを歩いて戻って、
近くのバス停からバス乗って市内へ。
方向はあってるが、やはりスペイン語なので不確か。コンパスで方角確認しながら行って、適当に市内でおろしてもらった。

昼飯を食う。
タクでカスコ・ビエホへ。3ドル。こいつは英語ちょっと喋れた。カスコ・ビエホと市内は歩けなくもない距離やけど、間にスラムがあって危ないらしい。くそ。観光地と都市の間ぐらいちゃんと整備しろ。
IMGP1881.jpgIMGP1884.jpgIMGP1888.JPG
ひとしきり歩いて暇になりまくる。もう行く場所ないし、かといって足のばすほどの時間もない。買い物もする気ないってか金がない。
大統領官邸とスラム街の隙間の公園に座って2時間ぐらいボーっとしてた。
IMGP1890.jpg大統領官邸があるからポリ(軍?)はいっぱいおるから治安は悪くないと思うが、なにしろ見た目が汚い。この辺がくそやなと思った。格差はあれど、ちゃんと整備すればええのに。こんなんやからいつまでたっても国際的にくそって思われたままやねん。
バックパッカー的側面を求める俺としては、これぐらいないとおもんないんやが…
IMGP1891.jpg

IMGP1892.jpgようやく2,3時間に及ぶ暇潰しも終わって、ミゲルの実家で家族を交えて夕食会。左の手前の娘はナニーらしい。あんまり言葉できないぽかった。
おばあちゃん、お母さんが色々言いたげやったが、スペイン語しかできないので、ちょっとしか意思疎通できず。でも家で使ってたっぽい、でかいキーホルダーとかくれた。
ぶっちゃけ邪魔やし要らんねんけど、気持ちは凄くありがたいので大切に持って帰ることにした。

次の日は朝早い事もあるし、ミゲルとホテル代やガソリン代を俺に出させた(出させようとした)一件とかを含め、帰りはタクシーで空港まで行く事にした。20か25ドルぐらいの相場らしいが、夜中やし30か35ぐらいかかるかもってルースに言われてたが、45ドルぐらいあったし、まあいいやと思った。
結局30ドルでいけた。
IMGP1899.JPGアトランタ経由で、イギリスのガトウィック空港(London Gatwick Airport)に帰り着いて、気温1度。
下海パン、サンダルやってくらった。
だって全部捨てててんもん。
なんとか家まで帰りついたのでまあええ。しかし寒かった。
posted by きく at 19:04 | Comment(0) | パナマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

1/24 - 1/25 パナマ 1人旅へ

1/24
朝起きたら、ルースのお母さん及びお母さんの旦那さん(再婚やからお父さんではない)は家に居なかった。前日、今、牛が妊娠してて生まれそうやから忙しい時期やって言うてたから、牧場に世話しに行ってたんやと思う。
お礼とかお別れを言いたかったが仕方ない。10時ぐらいに家出た。
そっからルースの叔父さんの家に行って、朝ごはん貰って、一通りお礼言うてから岐路へ。
パナマ・シティへいく途中でエル・バジェ(El Valle)で車降ろしてもらって、そっから1人行動する事にした。

panamap.jpg道的にはこんな感じ。
パナマ・シティ(Panama)からダビ(David)まで行って、チリキ地方一周して、帰りの途中で降りた。

途中で降りたとこからバス停で待つこと20分、車中で45分、料金2ドル(安い)でエル・バジェに着いた。運転手のおっさんに場所を聞いたら、大体真ん中らへんぽかった。
結局、バス停の位置は地図中の位置ではなかった。500mほど町外れに移動してた。いや、移動してた訳じゃない、ほんまは、パナマから直通とかの長距離バスは地図の位置のバス停に停まるが、俺の乗った近距離便はスーパーマーケット「香港」の目の前に停まる。
夕方5時ぐらいやったので、日が暮れる前に宿を探した。
IMGP1722.jpgここに決めた。El Greco。途上国に良くある事やけど、数年前の地図に載ってる料金と実際の料金が倍ぐらい違う。
3,4軒回ったが、55ドルぐらいが相場っぽかった。El Grecoは39ドル。結構高いよな。まあまあええ感じやったけど。
誰にも英語が通じず…

日暮れまで1時間ぐらいあったから、名所の幹の四角い木(Square Tree/Arbol Quadrado)てのを見に行こうと思った。迷いまくった挙句、見つけられず。しゃーないので帰宅。
日暮れ後は蛍がいっぱいおったわ。
7時ごろ、レストランを探すが、見つからず。Hotel&Restaurante(英語で言うレストラン) て書いてるとこに聞いてみるが無理って言われた。英語通じず、「この辺に食べる場所ある?」とかややこしい内容は聞けない。
結構歩いた結果、かのスーパーマーケット 香港 でパン3つと水だけ買った。
パンは普通の味の2個とくそマズの1個やったので、くそ不味かった方は捨てた。日暮れるとやる事ないので9時頃寝た。

1/25
次の日、朝7時、日の出と共に目覚めて、チェックアウトして、すぐその辺の散策へ向かう。

エル・バジェからパナマ・シティへ向かう長距離バスの最終便は15時ぐらいやねんて。ウソかホンマか知らんけど。
26日から飛行機でサン・ブラス諸島に行く為に飛行機予約してたから、何があってもパナマシティには戻らなあかん。飛行機128ドルも払ったからな。乗り過ごすわけにはいかん。

散策開始。
IMGP1726.jpgレンタホース発見。馬乗りたい。
しかし、馬とか乗ってたら多分歩くよりも時間かかるやろうと思ったので、電話番号だけメモって放置した。もし時間余ったら乗りに行く感じで。

動物園を目指す。エル・ニスペロ動植物園(Vivero y Zoològico El Nispero)。中心部から徒歩15分ぐらいらしい。
イギリスでのフラットメイトの愛さんから借りたMUJIのコンパスを頼りに、地図を片手に歩いていったら、どうも道を間違ってたっぽくて、昨日と同じ、幹の四角い木のあるCampestreってスイス系のホテルについてしまった。
もう幹の四角い木はどーでもええと思ってたんやが、せっかくやから見に行く事にした。
IMGP1728.jpg塀をくぐって敷地に侵入。カンペストレはなんか廃墟みたいになってる。もしかしたら潰れてるんちゃうかな。と思う。誰もおらんかったし、気配もなかった。
ホテル口コミ掲示板みたいなとこ(英語サイト)をみたら、2010年の7月に「もうすぐ潰れる」という話を聞かされた。的な書き込みがあったので、俺が行った時はほんまに潰れてたかも。IMGP1730.jpg敷地はバカみたいに広い。とりあえず林道みたいなとこを抜けて、小道を抜けて……
IMGP1731.jpgこんな感じのところを延々歩く。思ってるよりかなり遠い。
IMGP1732.jpg橋の板がないし、完全に行くなオーラでてるけど、それでも進んだら、見っけた。

IMGP1735.jpg幹の四角い木。
クオリティの低さにびっくりした。全然やん。
IMGP1736.jpg四角いっちゃ四角いんやけど、これぐらいの四角さやったらその辺に結構あるで。なんかでも良かった。こういう、くそっぽいのん好き。ひとしきりクオリティの低さを楽しんだ後、カンペストレを後にした。

IMGP1738.jpgIMGP1737.jpgカンペストレの看板の裏に、Aylin て書いてた。これで全てがつながった。
カンペストレは愛隣地区やったんや。どうりで荒んでたり、クオリティが低かったりしたわけや。くそ。

てことで、また30分ぐらい歩いてエル・ニスペロ動植物園へ。
朝早かったし、人は少なかった。入場料2USドル支払う。水1USドルで購入。
IMGP1744.jpgIMGP1758.jpgIMGP1759.jpg
バク、ちんこ、黄金カエルを見た。

この黄金のカエル(Ranas Doradas)。死んだあと黄金になるって信じられてたらしい。そんな話信じるな。死んだら死体になるに決まってるやろ。もし死んで黄金になるんちゃん?って思ったとしても、1回殺してならんかったらすぐ分かるやん。

IMGP1760.jpgカエル部屋は閉まってた。火曜日開いてないねんて。俺いったん火曜日な。カエルは窓から頑張ってのぞいた。悲しい。
IMGP1764.jpgしゃーないから色々見て動物園でる。
まあまあ良かった。悪くなかった。

次は岩石彫刻を見に行く。また30分ぐらい歩く。結構遠いが歩くの好きなのでええ。ジャングル系の風景やし好き。
ガイドブックに何も書いてなかったけど、着いたら入り口ができてて、入場料75セントとられた。全然ええけどな。75セントぐらい。

IMGP1771.jpg岩石彫刻(Petroglifos / ピエトラ・ピンターダ(岩絵))こんな感じ。またしても誰もいなかった。結構見た目おもろいが、3〜400年前ぐらいの比較的新しいものらしい。
そのうえ、遺跡と見せかけて、IMGP1774.jpgこの一部分にちょろっとあるだけやねん。またしてもクオリティが低い。良い。テンションあがる。なんでくそなもの見たらテンションあがるんやろう?
壮大なもんとか見てもテンションあがるんかな?もしかしたら、偉大なものより、偉大と見せかけて実際見たらくそなものの方が好きかもしれん。

ここで、鍛冶屋の愛ちゃんのお土産の葉っぱを探しながら歩く。
IMGP1775.jpgこれおもろいやん。悲しい顔の葉っぱと思ったが、結構大きいから断念。最終的に2枚とったけど、どこかで1枚落とした。あげたのは1枚。

岩石彫刻の次に、滝を見に行こうと思った。タクとか使っても良かったが、時間あるし歩く事に。
IMGP1776.jpg木の上の家を発見。横にでかい家あったし、敷地がでかかったから、多分金持ちの道楽なんやろうな。
しかし、漠然と憧れはあるものの、正直いらんなと思った。だって電気もガスも水道もないやろうから、できる事ってちょっと遊ぶだけやろ?それにしたらめんどいし、作るのはおもろいやろうが、そっから使用頻度は少なくなるやろうと思う。てことで要らぬ。
俺も大人になったものだ。
IMGP1778.jpgIMGP1781.jpgジャングル歩く。ここも、本に何も書いてなかったくせに、入場料だけで3.6USDもとりやがる。相場からすると高すぎる。
エル・マチョ滝(El Macho)に入るなら更に2ドルやったかな。なんかトレッキングとかワイヤーのやつとかやるなら、1時間とか2時間で16ドルとか32ドルとか書いてたわ。ぼったくり。
クソガキがガイドするとか言うて、ヒドイ英語でなんやかんやと説明してた。10分ぐらいで適当に終了。チップ75セントあげた。
ここはエル・バジェの中で1番おもしろくなかったな。滝は行く価値ない。滝自体もしょぼい。滝と逆方向に下ったとこに、泳げる川があるらしいから、そっち行けばよかったかも知れん。

とにかく、街中まで歩いて戻った。大体1時ぐらいやったので、お昼ご飯食う。適当に注文してカフェのようなとこで食った。めっちゃなんか買い込んでる人(多分地元の商店のおっさん)に、「コレアノ?(韓国人?)」と聞かれた。「ハポネ(日本人)」と答えたりして、ちょこちょこ喋った。

2時ぐらいからパナマ・シティ行きの長距離バスにて移動。1時間半ぐらいで町外れの、アルブルック空港横の国営バスターミナルに着いた。

適当にターミナルの近くを歩いたり、ショッピングセンターうろうろしてから、特に何することのない感じやったからタクシーで街中向かう。
乗り合いみたいな感じで、途中で色々人乗ってきたり降りたりしてたわ。スペイン語分からんので適当。でも普通についた。2.5USD。中級ホテルのたくさんある、アフロンティジャーノ博物館(Museo Afrontillano)付近で降ろしてもらった。
アフロンティジャーノはパナマ運河建設における、黒人労働者の博物館らしい。あんまり興味なかったから、ホテル街のある北へ向かう。

一泊45ドルのとこにした。
IMGP1789.jpgIMGP1790.jpgIMGP1791.jpg
晩ご飯にホットドッグのようなものを2個購入。ほんまは、夜と次の日の朝の為に1個ずつやったが、うまかったし両方夜食った。1個1.5ドルやったかな。多分。
腐ってた靴、スペインで買ったサイズの合わないジーパンとかを捨てまくる。んで次の日は4時起きやったから、9時ぐらいに寝た。

1/26からはサン・ブラス諸島へ。
posted by きく at 18:21 | Comment(0) | パナマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

1/22〜23 パナマ 2

1/22(土)
初日の夜中2時から車で夜通し6時間高速走って、チリキ(Chiriqui)地方へ行くとか言われた。3年前やったら全然問題なかってんけどな。ちょっとしんどいなと思った。歳を感じた。
やたらと「女買えるで」って言われたが、こちとらそんな気分じゃない。セックスする為に600ポンドもかけてイギリスくんだりからパナマに来たわけじゃない。
そもそも風俗とか別に好きちゃうねん。
IMGP1643.jpg時差の助けもあり、居眠りすることなく、とにかく無事に着いた。チリキ州のダビ(David)って街。
俺は女は買わんってあれだけ言うたのに、ミゲルこっそりコンドーム買ってた。まあええよ。勝手にやってくれ。

朝9時ごろついたが、とりあえず予約してたホテルに荷物を突っ込む為、チェックイン時間を待つ。1時間ぐらい椅子に座ってた。
んでミゲルが「眠たいので2時間仮眠する。12時から観光行くぞ」って言うので俺も寝ることにした。

起きたら1時やった。ミゲルとは別部屋やったので、電話したらまだ寝てるので準備するんに1時間いるとか言う。めんどいから、ちょっとの間外1人でうろつくと伝えた。
IMGP1644.jpgで街中歩く。別に面白いものは何もない。ダビの街は、Panama,Colonに次いで3番目の都市らしいが。プーマとジャガーを足して割ったようなジャガーって靴のブランドが目についた。

そうこうしてる間にミゲルの準備ができたので、ボケテ高原へ車で出発。
IMGP1647.jpgIMGP1648.jpgボケテで花博があるというのでそこへ。何回も「祭りとかいらん。適当にウロウロするだけでええし、ローカルバスとか使って自由に、くらいながらやる旅行が好きやねん」って言うたが、「いやいや、ちゃんと接待させろ」というので、まあその気持ち自体はありがたく受け取らねばと思って、従う。
IMGP1652.jpgIMGP1654.jpgIMGP1656.jpg
こんな感じ。花博言うても小さいしょぼいのや。
そしてさすがラテン・アメリカン。野外ディスコがあった。夜は若者が集う野外クラブになるらしい。昼は花博な。
バカじゃない?と思いました。ちゃうねん、俺踊りとか好きちゃうねん。うるさいのも嫌いやねん。秘境みたいなんが好きやねん。
変なでかい顔はおもろかった。

てことでボケテはぶっちゃけツマランかった。高原リゾートやから、全然熱帯じゃないし、ラテンアメリカンにとっては「素晴らしい景色、涼しくていい」てことらしいが、日本て元々こんなんやしな。山っぽくて渓流があって…
てことで日本人的にはボケテは全く行く価値がない。
あ、一応世界遺産なこれ。自然遺産。

ダビの街に戻り、ホテルに行く前に彼女のLuzの叔父さんの家に挨拶に行くと言われる。俺からしたら、友達の彼女のお母さんの兄。完璧他人やな。しかしまあ…パナマの一般家庭とかには興味あるし、ラテンアメリカンはフレンドリーやから多分大丈夫やろう。
結構おもろかった。あんまり話してる内容分からんかったが。

ダビの町のホテルへ。ダビのホテルの食事がむちゃくちゃうまいと言われたので少々期待していたが、別にうまくなかった…まあ元々ラテンアメリカに凝った料理があるとは思っちゃいない。
ここでも何故か俺が金を払わされた。ええねんで13USドルぐらいやったから。ただなんとなく附に落ちん。しかし友達やし、接待してくれようとしてるのも明らかやねん。有給1日とって俺に付き合ってくれてるわけやし。てことは金目当てではない。
もしかしたらパナマの風習で、友達を訪ねて来たら金出すものなんか?と思った。しかし、気持ちのいいもんではないので、これ以上奢るのはやめようと思った。

さて19時頃だが、「チリキの祭りのとこ戻って野外ディスコのとこ行こか」みたいに言われたが、夜遊び嫌いやし、うるさいクラブとかもいらん。ミゲルがコンドーム買ってたのも知ってたし、そんなん疲れるやん。てことで、「体調が優れないので今日は寝る」といって断った。

この時、ミゲルはホテル代も全額(ミゲルの分も)俺に出させるつもりやった事が判明。しかし、先ほど「これ以上は、腑に落ちないから奢らない」と決めたので、断った。「俺の分は出すが、自分の分は自分で出せ。だって意味がわからんやん」と。

1/23(日)

IMGP1661.jpg次の日の朝、Luzの叔父さんが「お前等だけで行ってもチリキの全てを見るのは無理だろう。よく知ってる俺がチリキ観光に連れて行ってやる」と言うのでそれに従う事になった。
てことで、叔父さんの家へ。家では朝ごはんをいただく。なんかサルサソースとケチャップの間みたいなんで炒めた豚肉とパンケーキのようなもの。美味しいとは言えないが、ありがたかった。
叔父さんが運転。俺が助手席、ミゲル、叔父さんの息子2人も後部座席に乗り込んだ。総勢5名。

ちなみに、2日目の宿は、ホテルを予約してたんやが、Luzのお母さんが「家に来い。なんでホテルとかとってんねん。アホか家に泊まれ」ともの凄い勢いで誘ってくれたらしいので、お母さんの家に泊まる事になったらしい。
ホテル代浮くので嬉しい。
2日分の宿代のデポジットとして80USDミゲルが払っていた。ので、その半分40USDを1泊の宿代としてミゲルに返す。て事になった。それでええ。部屋別やし俺が払わなアカン意味が分からん。2日目の宿はキャンセル。

IMGP1665.jpgで、大きい荷物を置くために、Luzのお母さんの家へ。
むちゃでかかった。ルースのお母さんはイタリアに20年住んでたらしい。旦那がイタリア人だが、ルースはハーフではないとの事なので離婚しちゃったんやな。
ルースは今28歳。3歳の時からイタリアに行ってたらしい。多分その時に離婚して、20年間イタリアにおって、結構金持ちの人と再婚して帰ってきたんやろう。
なんかちょっと複雑な気分…いや、まあ、もはや離婚なんか珍しくもないけどさ。

叔父さんの運転で、まずは叔父さんの持ってる牧場へ行く。腹がでかすぎなので、ハンドルを切るたびに、腹に手がつっかえてクラクション鳴らして自分でビビッてた。おもろい。
そしてスペイン語は分からない。
IMGP1668.jpgIMGP1670.jpgIMGP1672.jpg
叔父さんの牧場。牛呼んだりしてた。
この足跡は叔父さんの生まれの家の床についてるやつで、叔父さんが3歳ぐらいの時につけたやつらしい。叔父さんのお母さんが今でもその家に住んで豆を剥いてはった。
肉牛、乳牛、色々。肉牛は日本に輸出するやつもおるねんて。1000ドル〜3000ドル、肉は1000、牛乳は2000、繁殖用の牛が3000ドルぐらいと言ってた。
IMGP1678.jpg穴があきまくってる道を行く。牛が行く手を阻んでたが、叔父さんはさすがに慣れてるっぽく、ゴリゴリ行ってた。牛ビビッてたが、俺のがもっとビビッてた。IMGP1683.jpgコスタリカ国境付近のパソ・カノアス(Paso Canoas)って街まで行く。コロンビアからメキシコまでの麻薬ルートがあるらしい。
そこのスーパーで水とか買って山道を車で延々のぼった。
途中で叔父さんの長男と思われる子が車酔いして吐いてた。ファンタとか飲むからやん。水にしておけ。あと、ナビの画面でDVDでAKONのプロモとか見てるからやん。Mi niña Bonita(My beautiful girl)って歌とかも見まくって、俺覚えてもたわ。なんしか、酔って吐いた。これやから近頃の若いモンは。
ちょうどええ機会やったので外でしょんべんしといた。
IMGP1685.jpg途中の(セロ・プンタ)Cerro Puntaって街のアメリカンレストランで昼食う。
チリキは牛(肉牛・乳牛)が有名なので、多分日本の松坂的なノリだろう。と思ってビーフステーキ注文したら、品切れって言われた。悲しい。昨日牛祭りがあって、牛は食い尽くされたらしい。悲しい。しゃーないので豚にしといた。味は普通。若干塩辛いから、評価は中の下。
品切れって言うてたくせに、叔父さんとミゲルは牛肉食うてた。納得いかん…叔父さんがお金出してくれたから、文句もないけど。
牛肉は食えんかったが、牛乳は飲んだ。確かにかなり旨かった。それが市販のパナマの牛乳なのか、地元の牛乳なのかは分からんが、とにかくうまかったわ。
ハト・デル・ボルカノ(Hato del Volcàno) ボルカン・バル(Volcàn Baru)ていうなんか火山地帯ぽいわ。活火山じゃないかもしれんが。
IMGP1689.jpgIMGP1695.jpgセロ・プンタで見せてもらったものは、馬の調教師の学校と有名なホテル。…だけ。意味がわからん。4時間も車で山道行って見せるものがこれかと思った。
ボコボコの未舗装の道を行って見せられたものは…
IMGP1700.jpgなんと玉ねぎ畑。熱帯地方では珍しいのかもしれんが、俺にとっては……
寒いイギリスから来てせっかく熱帯リゾート気分で、と思ってたら、車でパナマ・シティから夜通し7時間、ダビの街から山道を4時間で、玉ねぎ畑とは…
なんかよく分からん。そこまで俺に常識を捨てろと言うのか?パナマの名所めぐりは思った以上にハードルが高い。精神的に。
IMGP1702.jpgIMGP1703.jpgIMGP1706.jpg玉ねぎ畑から山を下って、De Bugaba(デ・ブガバ)て街へ行って公園を見た。樹齢1000年の樹がある公園……まあ普通に大きい木やな。まだ何かサプライズの観光名所があるんちゃうかと期待している俺はここでも裏切られた。
公園の後、近所の教会へ。この教会は一応パナマ、チリキ州の聖地みたいになってるらしい。イースターの頃、2万人が参拝に訪れる。2万て数字もまた微妙に多いのか少ないのかって感じやけどな。ライトアップはキレイやった。

IMGP1716.jpgそんな感じでチリキをほぼ1周して、パナマ一美しい地域の観光が終わった結果、俺の結論は「パナマ一美しい地域に、日本人的感覚で必見の場所はない」と言うものだった。
悲しかった。
ミゲルの彼女(ルース)の叔父さんの家族と写真を撮った。俺の隣のおばあちゃんは昔校長先生やったらしい。その学校も見せてくれたわ。

その日は、ルースのお母さんの家に泊めさしてもらった。大きな家で快適やった。
ホットシャワーも出たし。
posted by きく at 18:56 | Comment(0) | パナマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

2011 1/20 ~ 1/21 パナマ旅行 1

IMGP1592.jpg
アメリカのアトランタ経由でパナマのトクメン国際空港へ。Atlanta -> Panama City は意外と近い。3時間半ぐらいやわ。それにしてもアメリカは偉大な国である。スタバがいたるところにあり、人々は皆丸い。これぞアメリカだ!て感じやな。アトランタの街は昔1回行った事あるが、今回は空港の中だけ。それでも十分アメリカやった。素晴らしい。グレート・アメリカ。
IMGP1596.jpgてな訳でパナマに着いた。空港まで友達ミゲルMiguelと彼女のルースLuzが迎えに来てくれた。夜着やからそん日は、スーパーマーケットREYに行って、歯磨き粉とか匂い止めクリームとか買って、ミゲルとルースのアパート行って寝ただけ。
同室に1人おったが、そいつは既に寝ていた。俺寝たん2時ごろ。
聞いた話やと、今のパナマの大統領はスーパーREYのライバル、スーパー99 てとこの社長らしい。

次の日、朝からミゲルのお父さんが、市内観光に連れってくれると行って車へ。「俺個人で行くの好きやしええ」って何回も言うてんけどな。一応好意は受け取っておく。
しかしお父さんはスペイン語しか喋れず。俺はスペイン語全く喋れず。パナマに向けて独学でちょっと勉強したが、到底喋れるレベルではない。
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IMGP1619.jpgパナマ運河(Panama Canal, El Canal de Panamà)は思ってたよりも楽しんだ。見くびってたわ。偉大な人類の土木事業やな。もし暇なかったら運河行かんでもええわぐらいにしか思ってなかったが、かなり良かった。ある意味ピラミッドみたいなもんか。偉大な土木工事。1913年かなんかやったかな運河できたん。

IMGP1620.jpgIMGP1621.jpg併設のミュージアムというか博物館のようなもの。これは別にどーでもよかった。ただ、レーダーはなんかカッコええ。レーダー好き。

こっから訳分からんくなってくる。何しか意思の疎通ができん。スペイン語で言われても分からん。単語はできるだけ覚えていったつもりだが、当然分からん。
パナマ運河は今拡張工事中。でかい船が通れない場合が増えてきてるから(船の大型化で)更にでかい水位調節機能付き水路を横に併設するらしい。工事現場は見れた。
IMGP1623.jpg何か流れで後ろに全然知らん人3人+赤ちゃんが乗ってきて、色々行って、クリニックとか行った。Clinicaとか書いてるやろ?地図を知らんおっさんに渡したり、なんか定休日の中国系電話修理屋に行ったりもした。全く意味が分からん。
途中で3人を降ろしてから、アマドール・コースウエイ(Calzada de Amador , Amador Causeway)。パナマ運河掘削の時に掘った土砂で作った人工島を結ぶ道。
なんとなくL.A.やなそう。カリフォルニアっぽい感じ。この道を通ってナオ島(Isla Naos)、ペリコ島(Isla Perico)、フラメンコ島(Isla Flamenco)の3つの人工島にいける。
IMGP1626.jpgナオ島にあるのが、激しくクオリティの低い動物園のような水族館のようなもの。誰もおらん。
くそやからしゃーない。
IMGP1627.jpgウミガメおったけど、掃除のオッサンが床ガリガリやっててほぼ見えない。くそ。

イグアナおった。これは動物園とか関係なく、野生やな。コレが1番良かった。ナマケモノもいっぱいおるらしい。怠け者の職員だけはいっぱいおった。くそ。
最初は身振りと辞書ひきながら頑張って会話してたが、途中で疲れたので無言ドライブになる。ここで昼飯。IMGP1634.jpgIMGP1636.jpg昼飯食った、コースウエイ上のレストランからパナマ市街を撮影。意外とビルディングやろ?ビルディングやねん。
これがミゲルのお父さん。分からんままミゲルの家に放置された。15時ぐらい。鍵ないからソロで外出できず。悲しい。暇すぎた。
地図とか見てた。
IMGP1641.jpgギリシャ料理のケバブみたいなやつ食いに行った。なぜか金は俺が払わされた。普通逆ちゃう?まあ15ドルぐらいええけどさ…
ミゲルと彼女のルース(Luz)。Luzてスペイン語で「光」て意味やねんて。英語で言うLight。あだ名はLulu。
posted by きく at 18:51 | Comment(0) | パナマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

グリーン・ノウ - ヘミングフォード・グレイ訪問記

児童文学作家のルーシー・M・ボストンさんの住居である、グリーン・ノウのマナーハウスを訪れた。
作家、林望さんが一時寄宿していたらしい。

「The Manor」 住所は Hemingford Grey Huntingdon。郵便番号 PE28 9BN。
コレだけ見ても何の事だか分からんやろうが(俺も分からん)、かなりの田舎である。

1ヶ月前からの計画的訪問。メールにて現在の住人ダイアナさん(ルーシー・ボストンさんの息子のお嫁さん)に、「9/20に訪問します」と連絡をしていた。

ロンドンのキングス・クロス駅、London King's Cross stationから、Huntingdon駅まで。電車で約1時間である。
往復の電車のチケットは20ポンドぐらい。

ケンブリッジの近く。
しかしながら、田舎なのでバスの便はそれほど便利ではない。
まず駅から降りてバス停が分からない。何せガイドブックになんかは載ってない場所なので、手探りで調べながらいく事にした。
まずハンティングトン駅前のバス停で、バスを待つ。約束の2時にはまだまだ余裕があったので、のんびりとバスを待つが、来たバスの運転手に、「ヘミングフォード・グレイへ行くのか?」と聞くと「行かない」との事。
あっちのバス停へ行けと言われ、そこへ行くが、そこのバス停に来たバスの運転手にも「このバス停からはヘミングフォード・グレイへ行く便はない」と言われ、大きなバス停まで歩いて向かった。
駅からバス停までは徒歩10分程度。バス停には小さなオフィスがあるので、そこで教えてくれた。

結局、大きなバス停から1時間半に1本、ヘミングフォード・グレイ村まで行くバスはあるが、それでは約束の2時に間に合いそうになかったので、タクシーに乗る。

多分トルコ人の人が運転手だった。
メータータクシーだったが、同じところを2回廻られ、2ポンドほど過剰請求されそうになったので、文句を言い、10ポンドにさせた。

IMGP1430.jpgIMGP1431.jpgさて着いたヘミングフォード・グレイ村。
川の畔の小さな村である。どこにマナーハウスがあるのかもわからなかったが、川のすぐ隣の小さな道を適当に歩いていると偶然見つかった。

IMGP1432.jpgとりあえず撮影。ピカピカの一年生みたいな雰囲気になってしまった。
IMGP1434.jpgアポの2時までもう少し時間があったので、村の中を少し歩く。
観光地と違って、道行く人が声をかけてくれたりした。
傾いた家、軽く築数百年は経過しているであろう。静かな村だった。

IMGP1441.jpgIMGP1440.jpgIMGP1436.jpg

さて、グリーン・ノウの舞台になったマナー・ハウスの説明をダイアナさんがしてくれた。築900年だとか、視力がなくなってからルーシーさんが作ったキルトなども見せてもらった。
庭木はチェスの駒の形に刈り込まれている。おもしろい。

マナーハウスだと言う事で、ネクタイを締めていったが、特にそんな必要は無かったようだ。
IMGP1442.jpg現在の外観は約200年前のものだそうだ。

IMGP1443.jpgIMGP1445.jpgIMGP1446.jpg

せっかくなので、村の中を歩いて廻る。
ヘミングフォード・グレイハウスなるものを見つけた。これも昔の領主屋敷だと思われるが、時間が遅かった為に庭まで入るに留めておいた。

1時間半に1本のバスまでまだ時間があったので、川辺に座ってまったりとしていた。

バスは結局20分ほど遅れてきた。

田舎のスローな時間にかこまれた、1日。
薮ちゃんも達郎も、ツアーやよく分からない土地での個人旅行ではなかなか体験できないような訪問やったと喜んでくれた。良かったよかった。
posted by きく at 20:54 | Comment(0) | イギリス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする